■国語の成績のいい子は塾に行って小手先のテクニックを身につけているからではありません。
■非は非として認め、しっかり受け止めて日々精進せねば。
(次の記事は2022.03.22のメルマガを転載したものです)
今、甲子園で高校野球をやっていますね。
一昨日だったか、私はめったに使うことのないツイッターで次のようにつぶやき
ました。
甲子園の高校野球で球審が誤審を認め、
「私たちの誤りです。申し訳ありません」
と謝罪したそうです。
プーチンもそう言わないかなぁ・・・無理か。
昨年11月には次のようにつぶやいています。
私は高校野球で選手が審判に文句をいえないのが嫌いです。
審判があきらかに違っているのに、どうしてそれに異議を
唱えられないのでしょう。教育の一環だったら、正しくないことは
正しくないと言えることのほうが大切ではないでしょうか。
審判も過ちは過ちとして認めるべきだと思うのです。
私も毎日のように何らかの過ちをおかしています。
生徒に「ごめんなさい」と謝ることなんてしょっちゅうです。
若いとき、先輩の教師が何気なく言った言葉が耳に残っています。
授業に、これで完成という形ってないよね。
日々高めていくべきだよね。
私も歳を重ね、仮に間違っていても、叱責してくれる人もいなくなりました。
(家族は除く。こないだもエアコンをつけているときにドアを開けっぱなしだと
怒られた。)
保護者のみなさんから耳に痛い言葉が届いたら、非は非としてしかと受け止め、
日々精進していかないといけないと思っています。
と、今日は何やら殊勝なことを言っております。
■小手先のテクニックでは通用しません.
実は、私も高校球児でした。
高校3年生の5月、春の甲子園でベスト4に入ったチームと招待試合をすること
になりました。
観客には入場料をいくらか払ってもらっての試合だったため、大差で負けるような
みっともないゲームにはできません。
そこで私たちのチームは相手チームの得意とする戦法をふせぐため、ある特訓を
しました。
そのときの相手チームの甲子園での戦法には、ある一つの特徴があったのです。
それは「ツーランスクイズ」です。(野球にくわしくない人にはごめんなさい)
ふつうスクイズといえば、バントをした打者はアウトになっても3塁走者だけは
ホームインして1点をとるという戦法です。
ところが相手チームはそのときに2塁走者までがホームインするという戦法を
甲子園で何度も成功させていました。
一人の打者アウトで2点をとるという戦法です。
私たちはこれを防ごうと、そのための練習を毎日していたのです。
ところが、実際に試合になってみると、「ツーランスクイズ」なんてまったく
関係がありませんでした。
「打つ、捕る、投げる、走る」すべての基本となるところで、私たちとはまったく
レベルが違っていたのです。
結果は11ー0。
翌日の新聞にも記事が載りました。
見出しは「実力の差見せつける!」です。
小手先のことばかりやっても、その土台になるものがないと通用しないという
ことを痛感しました。
前回のメルマガには中高一貫校の適性検査(入試問題)では、グラフを読み取って、
理由や根拠を示しながら考えを書くという問題が多く、それは一朝一夕でどうにか
なるというような問題ではないだけに対策はむずかしいということを書きました。
国語の成績のいい子は塾に行って小手先のテクニックを身につけているからでは
ありません。
国語の力があるからです。
コツやテクニックを追い求めるのではなく、土台となる本物の力を身につけま
しょう。
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